なぜ大切な人との関係で同じことを繰り返してしまうのか|愛着スタイルの心の仕組み

「今度こそ、同じことを繰り返さないようにしよう」
そう思っていたはずなのに、気づくとまた同じようなことで傷ついている。
相手のちょっとした態度が気になり、不安になる。
本当は分かり合いたいのに、気持ちを言葉にすることができず、距離を取りたくなる。
あるいは、相手が離れていくように感じると、関係を確かめずにはいられなくなる。
相手も状況も違うのに、なぜ私たちは人間関係の中で、似たような感情や反応を繰り返してしまうのでしょうか。
その背景を理解する一つの手がかりになるのが、愛着スタイルです。
これまでLocus of Lifeでは、不安型、回避型、安定型、混乱型など、それぞれの愛着スタイルについて書いてきました。
けれども、愛着スタイルを理解するときに大切なのは、「自分が何型なのか」を知ることだけではありません。
もう少し深く見ていくと、
なぜ私は、この場面でこれほど不安になるのだろう。
なぜ私は、近づきたいのに離れたくなるのだろう。
なぜ頭では分かっているのに、同じ反応を繰り返してしまうのだろう。
といった、自分の心の動きそのものが見えてきます。。
今回は、愛着スタイルを「人をいくつかのタイプに分けるもの」としてではなく、私たちが人との関係をどのように予測し、受け取り、そして自分を守ろうとしているのかという、もう少し深い心理学の視点から考えてみたいと思います。
愛着スタイルは「あなたは何型?」だけでは見えてこない
愛着スタイルという言葉は、今では広く知られるようになりました。
「不安型だから、相手の反応が気になる」
「回避型だから、人と距離を取りたくなる」
そのように理解することは、自分の行動を振り返る最初のきっかけにはなるでしょう。
ただ、それだけでは見えにくいものがあります。
成人の愛着を考えるときには、いくつかの固定されたタイプだけでなく、「愛着不安」と「愛着回避」という二つの傾向が、それぞれどの程度あるのかという連続的な視点から捉える考え方があります。
つまり、
「私は不安型の人間」
「私は回避型の人間」
と、その人全体を一つの箱に入れる必要はありません。
大切なのは、
人とのつながりが不安定に感じられたとき、自分の心がどの方向へ動きやすいのか。
そこに目を向けることです。
そして、その反応を理解するうえで大切になるのが、愛着理論にある「内的作業モデル」という考え方です。
私たちは、目の前の相手だけを見ているわけではない
心理学では、内的作業モデル(internal working models)という言葉があります。
少し難しく聞こえるかもしれません。
簡単に言えば、人との関わりを重ねる中で私たちの心に作られていく、
「人との関係とは、おそらくこういうものだ」
という予測のようなものです。
例えば、
「困ったときには、誰かに頼っても大丈夫」
「自分の気持ちを話しても、関係は壊れない」
という感覚を持っている人もいるでしょう。
一方で、
「人はいつ離れていくか分からない」
「弱いところを見せると傷つけられるかもしれない」
「期待すると失望するから、最初から自分で何とかした方がいい」
という感覚を持つこともあります。
これらは必ずしも、頭の中ではっきりと言葉になっているわけではありません。
むしろ普段は意識していなくても、人との関係が揺れたときに表れやすいものです。
そして内的作業モデルは、単に「人間関係についてどう考えているか」という考え方だけではありません。
私たちが何に注意を向けるのか、相手の行動をどう解釈するのか、そして次にどう行動するのかにも関わっていると考えられています。
心は、目の前の出来事を「予測」を通して理解している
例えば、親しい人がいつもより少し静かだったとします。
事実として分かっているのは、
「今日はあまり話していない」
ということだけです。
けれども、そこから何を感じるかは人によって違います。
「疲れているのかな」
と思う人もいれば、
「何か怒っているのかな」
「私が何かしたのだろうか」
と不安になる人もいます。
反対に、
「また何か聞かれるかもしれない」
「面倒な話になりそうだから、少し離れておこう」
と感じることもあるでしょう。
ここで起きていることを少し分けてみると、
出来事そのものと、
その出来事に自分の心が与えた意味
は、必ずしも同じではありません。
もちろん、相手が実際に怒っていることもあります。
本当に関係の中に問題が起きている場合もあります。
ですから、「全部、自分の愛着の問題」と考える必要はありません。
ただ、人は目の前で起きていることを、完全に白紙の状態から理解しているわけでもありません。
これまでの経験から作られてきた「人との関係はこうなるかもしれない」という予測をもとに、今起きていることを理解しています。
過去の予測が、現在の関係の中で確かめられていくことがある
ここには、もう一つ興味深いことがあります。
心の中にある予測は、相手の行動の受け取り方だけでなく、自分自身の行動にも影響するということです。
例えば、
「大切な人はいずれ自分から離れていく」
という感覚をどこかに持っていたとします。
相手の態度が少し違う。
不安になる。
いつも以上に相手の表情や言葉が気になる。
安心したくて、相手の気持ちを何度も確かめる。
すると相手は、少し圧迫感を感じて距離を取るかもしれません。
その距離を感じたとき、
「やっぱり離れていく」
という最初の予測が、さらに確かなもののように感じられることがあります。
反対のこともあります。
「人に頼っても仕方がない」
という感覚がある。
つらいことがあっても話さない。
一人で何とかしようとする。
周囲からは、「一人で大丈夫そう」に見える。
そのため、助けが必要なことが周囲に伝わらない。
そして、
「やっぱり誰も助けてくれない」
と感じる。
これは、「自分で問題を作っている」という意味ではありません。
また、相手の行動に対する責任まで自分が負うという意味でもありません。
私たちは人との関係の中で、自分がこれまで身につけてきた予測をもとに相手に反応し、その反応がさらに二人の関係に影響することがあるということです。
こうした心の動きは、意識して選んでいるとは限りません。
このようにして、気づかないうちに、私たちは同じような反応を繰り返してしまいます。
愛着スタイルから見る、心が自分を守ろうとするとき
ここで、不安型や回避型という言葉を、少し違う角度から見てみましょう。
愛着研究では、関係の中で安心が得られないと感じたときに現れる反応を、過活性化(hyperactivation)と不活性化(deactivation)という二つの方向から捉える考え方があります。
過活性化とは、つながりが失われるかもしれないと感じたときに、愛着に関わる感情や行動がより強くなる方向です。
相手の反応に敏感になる。
相手が自分をどう思っているのか考え続ける。
安心できる言葉を求める。
少しの距離にも強い不安を感じる。
これらは、単に「心配性だから」というより、
「つながりを失わないように、もっと相手に近づこう」
とする心の働きとして見ることができます。
一方、不活性化は反対の方向に働きます。
傷つく可能性があるなら、期待しない。
頼っても応えてもらえないなら、自分で何とかする。
感情が大きくなりそうなら、そこから少し離れる。
こちらでは、
「つながりを求める気持ちそのものを抑えることで、自分を守ろう」
とする方向へ心が動きます。
表面だけを見ると、この二つは正反対です。
一方は近づき、もう一方は離れる。
けれども、その奥にある心の動きを見てみると、どちらも、人との関係の中で感じる不安や傷つきから、自分を守ろうとしていることが見えてきます。
「不安型の人」と「回避型の人」という二種類の人間がいるというよりも、
安心が揺らいだとき、自分の心はどのようにバランスを取り戻そうとするのか。
そう考えてみると、愛着スタイルの見え方も少し変わってきます。
心が大きく揺れるほど、相手の心が見えにくくなることがある
もう一つ、愛着を考えるうえで興味深いのが、メンタライゼーション(mentalising)という考え方です。
メンタライゼーションとは、自分や相手の行動の背景に、
「どんな気持ちがあるのだろう」
「何を考えているのだろう」
「何を望んでいるのだろう」
と、心の状態を想像する力のことです。
ここで大切なのは、相手の心を「当てる」ことではありません。
むしろ、
「相手の心は、自分には完全には分からない」
という余白を持ちながら考えることです。
ところが、大切な関係の中で不安や恐れが強くなると、この余白を持つことが難しくなります。
例えば、相手が黙っている。
「何か考えているのかもしれない」
ではなく、
「私に怒っている」
と感じる。
相手から、
「少し一人で考えたい」
と言われる。
「今は一人になる時間が必要なのかもしれない」
ではなく、
「私から離れようとしている」
と感じる。
あるいは相手から、
「どう感じているのか教えてほしい」
と言われたとき、
「私のことを理解したいのかもしれない」
ではなく、
「責められている」
と感じる。
その瞬間、自分の中に浮かんだ解釈が、まるで相手の心そのもののように感じられてしまいます。
けれども、
「今、私が『相手はこう思っている』と考えていることは、本当に相手の気持ちなのだろうか。それとも、私の中でそう考えているだけなのだろうか」
と立ち止まることができると、そこにほんの少し余白が生まれます。
その余白は、自分の感じていることを否定するためのものではありません。
「そんなふうに考えてはいけない」と自分を抑えることでもありません。
むしろ、
自分が相手について考えていることと、相手が実際に感じていることは、同じとは限らない。
そう気づくための余白です。
なぜ大切な人との関係ほど、いつものパターンに戻ってしまうのか
普段は冷静に考えられる人でも、大切な人との関係になると、いつもの自分とは違うように感じることがあります。
仕事では落ち着いて話せるのに、パートナーとのことになると感情が大きく揺れる。
友人なら気にならないことが、大切な人にされると強く傷つく。
それは必ずしも、「感情をコントロールできていない」ということではありません。
大切な関係だからこそ、その関係が自分にとって持つ意味も大きくなります。
そして、関係が脅かされたと感じるほど、これまで自分を守るために身につけてきた反応が出やすくなります。
先ほど見てきたように、そうした反応は相手とのやり取りにも影響し、いつもの関係のパターンへとつながっていくのです。
ただ、パターンがあることと、そのパターンがずっと変わらないことは同じではありません。
過去を理解することは、過去に縛られることではない
愛着について知ると、
「だから私はこうなったんだ」
と、過去の経験の中に答えを探したくなることがあります。
過去を振り返ることが、自分を理解する助けになることはあります。
けれども、愛着を理解する目的は、誰かを原因として探し出すことでも、自分の現在を過去だけで説明することでもありません。
大人の愛着は、完全に固定されたものではなく、その後の人間関係や経験によって変化することがあります。
それは、過去を消すということではありません。
「人に頼っても仕方がない」と感じてきた人が、頼っても関係が壊れない経験をする。
「本音を言えば嫌われる」と感じてきた人が、自分の気持ちを話しても受け止めてもらえる経験をする。
「離れたら戻ってこない」と感じてきた人が、少し距離があっても関係は続いていることを経験する。
そうした新しい経験が積み重なることで、
「人との関係は、これまで自分が思っていた形だけではないのかもしれない」
という新しい可能性が、少しずつ心の中に加わっていきます。
これまで身につけてきたものをすべて消して、新しい自分になるということではありません。
これまでとは違う関係の経験が加わることで、今までとは違う受け取り方や関わり方が、少しずつ可能になっていくということです。
「私は何型?」から、「今、私の心では何が起きている?」へ
愛着スタイルを知ったとき、
「私は不安型だから」
「私は回避型だから」
と考えると、自分のこれまでの経験が説明されたように感じるかもしれません。
それは、確かに自分を理解する一つの入り口になるでしょう。
けれども、愛着スタイルについて知っていくと、「何型なのか」ということだけでは見えてこない、自分の心の動きにも気づくことがあります。
大切な人との関係で心が大きく揺れたとき、
私は今、何を怖れているのだろう。
この出来事を、私はどんな意味として受け取ったのだろう。
私は今、相手を正しく見ているのだろうか。それとも、自分の中にある予測を通して相手を見ているのだろうか。
そして私は今、何を守ろうとしているのだろう。
そんなふうに、自分の心に少しだけ問いかけてみる。
自分の愛着スタイルを知ることは、自分に新しいラベルをつけることではなく、これまで無意識に繰り返してきた心の動きに、少しずつ気づいていくための一つの手がかりです。
そうした心の動きに気づくことで、いつもとは違う反応の仕方も、少しずつ見えるようになっていきます。
🌿 自分の心の動きを、誰かと一緒に見てみる
自分の反応には何かパターンがあるような気がしても、それを一人で考えていると、どこから見ていけばよいのか分からなくなることがあります。
「大きな問題があるわけではない」
「相手とのことなのか、自分のことなのかも分からない」
そんな状態でも、カウンセリングで話していただけます。
Locus of Lifeでは、何が問題なのかを最初からきれいに説明したり、答えを用意したりする必要はありません。
人との関係の中で何が起きると心が揺れるのか、そのとき自分は何を感じ、どんなふうに相手を見ているのか。
まだ整理されていない気持ちを言葉にしながら、自分の心の動きをゆっくり確かめていく時間として利用していただけたらと思います。
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