国際結婚と海外生活のなかで気づく"日本人としての自分"
- Locus of Life

- 4月27日
- 読了時間: 10分
更新日:4月28日

パートナーの国で暮らして気づいた「私って、こんなに日本人だったんだ」
国際結婚をして、パートナーの国で暮らしていると、ふとした瞬間に気づくことがあります。
パートナーの家族が集まる賑やかな食卓で、ひとり静かに微笑んでいる自分。意見を求められて、とっさに「何でもいいよ」と言ってしまう自分。些細なことで傷ついたのに、「気にしすぎかな」と飲み込む自分。
日本にいたときには気づかなかった"自分のなかの日本"が、海外での暮らしのなかで少しずつ輪郭を持ち始めます。
国際結婚をして海外で暮らすということは、愛する人と一緒に、自分が育った文化とは異なる土地に根を下ろすということです。それは新しい世界が広がる豊かな経験であると同時に、「自分とは何者なのか」という静かな問いと向き合う旅でもあります。
この記事は、海外でパートナーと暮らすなかで、"日本人としての自分"に改めて気づき、アイデンティティの揺れを感じている方に向けて書いています。心理学の視点を交えながら、その戸惑いにやさしく寄り添えたらと思います。
海外での国際結婚が映し出す"日本人としての自分"
日常の小さな場面で気づく文化の輪郭
アイデンティティの揺れは、劇的な出来事から始まるとは限りません。むしろ、海外での日々の暮らしの小さなずれのなかに現れます。
たとえば、
パートナーが「自分の意見をはっきり言ってほしい」と求めてくる場面で、自分がいかに「空気を読むこと」を大切にしてきたかに気づく。義家族のオープンな愛情表現に戸惑いながら、自分の育った家庭の静かな愛情の形を思い出す。クリスマスの過ごし方、お金の使い方、子どものしつけ。意見が分かれるたびに、「これは私個人の考えなのか、それとも日本の文化がそうさせているのか」がわからなくなる。
私自身も、イギリスに来てからずっと、こうした小さなずれに戸惑い続けてきた一人です。
あるとき、道を歩いていて前から人が来たので、私はいつものように自分から少しよけて道を譲ろうとしました。すると、当時の夫にこう言われたのです。「なんで君はあっちによけ、こっちによけしているの? 自分の行く道をそのまままっすぐ歩けばいいんだよ。そのほうが向こうもよけやすいから」
また、ある日の食事のとき、ふと子どもの頃のことを思い出して、「小さい頃、母に"お米はお百姓さんが一生懸命作ったものだから、一粒残さず食べなさい"と言われていたんだよね」と話したことがあります。すると夫は、「ポテトもニンジンも、みんなお百姓さんが一生懸命作ったものだよ。なんでお米だけ特別なの?」と返してきました。
確かに、と思いました。言い返す言葉が見つかりませんでした。日本では当たり前のように言われていたことが、ここではまったく通じない。そのことを、頭ではなく心で感じた瞬間でした。
一つひとつは、本当に小さなことです。大げさに聞こえるかもしれません。けれど、こうした小さなずれが日々積み重なっていくと、やがて「自分はどうやってこの国で暮らしていけばいいのだろう」という、もっと大きな戸惑いに変わっていきます。
日本で国際結婚をしている場合、自分の文化圏のなかで暮らしているため、こうした揺れは比較的起きにくいかもしれません。けれど、パートナーの国や第三国で暮らしている場合、自分の文化的な土台が日常のどこにもない状態が続きます。
その環境のなかで、「自分は思っていた以上に日本人だった」という気づきは、ごく自然に訪れるものです。
「合わせてきた自分」に気づく瞬間
海外で国際結婚をしている方のなかには、パートナーの文化や家族に馴染もうと、長い間、自分を合わせ続けてきた方も少なくありません。
相手の言語で生活し、相手の文化のルールを学び、相手の家族のなかで「いい妻」「いい嫁」「いいパートナー」であろうとする。
海外に住んでいるからこそ、「ここでやっていくしかない」という覚悟が、無意識のうちに自分を合わせる方向に強く働くことがあります。
その努力は、とても尊いものです。
けれど、ふとしたとき――たとえば日本の友人と久しぶりに話したとき、日本語のドラマを観て涙が出たとき、一時帰国の飛行機のなかで不意に肩の力が抜けたとき
「ああ、私はずっと何かを抑えてきたのかもしれない」と感じることがあります。
それは、自分を見失ったということではありません。むしろ、これまで気づかなかった自分の大切な一面が、静かに存在を主張し始めた瞬間です。
国際結婚でアイデンティティが揺れるのは、自然なこと
異文化適応とアイデンティティの心理学
異文化のなかで長く暮らしていると、心のなかに「文化的アイデンティティの再構築」と呼ばれるプロセスが起きることがあります。
これは、異文化心理学の分野で広く知られている現象で、自分がどの文化に属しているのかが曖昧になったり、以前は当たり前だった価値観に改めて向き合い直したりする心の動きのことです。
特に海外で国際結婚をしている場合、日々のなかでパートナーの文化と自分の文化が交差するだけでなく、社会全体が自分の文化圏ではないため、この揺れがいっそう起きやすくなります。
大切なのは、この揺れ自体はまったく異常なものではないということです。それは、あなたの心が新しい環境のなかで「自分を更新しようとしている」サインでもあります。
「どちらの自分が本当の自分?」という問い
「日本にいたときの自分」と「海外で暮らしている今の自分」。どちらが本当の自分なのか、わからなくなることがあるかもしれません。
日本に一時帰国すると、家族や友人から「あなた、なんか変わったね」と言われる。パートナーの国では、「やっぱり日本人だね」と言われる。
どちらにも完全には属していないような、宙ぶらりんの感覚。
この「どこにも100%では属していない」という感覚は、海外で暮らす多くの日本人が経験するものです。あなただけが感じていることではありません。
そして、その答えは「どちらかを選ぶ」ことではないのかもしれません。
パートナーにわかってもらえない孤独
言葉にしにくい違和感の正体
海外で国際結婚をしていてアイデンティティが揺れるとき、最も孤独に感じるのは、その気持ちをパートナーに伝えにくいことかもしれません。
「寂しい」とも少し違う。「つらい」というほどでもない。でも、なにかがずっと心に引っかかっている。
その違和感の正体は、「自分の文化的な根っこの部分を、一番近い人と共有できない」という静かな孤独であることが多いのです。
パートナーの国に暮らしているからこそ、日常のなかに日本語や日本の文化に触れる時間が限られている方もいるでしょう。
たとえば、日本語でしか表現できない微妙な感情のニュアンス。「しょうがないよね」「気を遣う」「甘えたい」。こうした言葉の奥にある感覚を、パートナーにそのまま伝えることはとても難しい。
言語の問題だけではありません。その言葉の裏にある文化そのものを共有していないことが、ときに深い孤独感を生みます。
「文化の違い」で片づけてほしくない気持ち
パートナーに自分の気持ちを伝えようとしたとき、「それは文化の違いだよね」と軽く返されて、モヤモヤしたことはありませんか。
相手に悪気はないのだと思います。でも、自分にとっては文化の違いでは済まされない、もっと個人的で繊細な感情がそこにはあります。
「私の気持ちを"文化"というラベルで整理しないでほしい」
そう思うのは、自然なことです。あなたの感情は、文化の違いという枠組みだけでは語りきれない、あなた自身の大切な声です。
"日本人としての自分"を取り戻すのではなく、統合していく
どちらかを選ぶ必要はない
アイデンティティの揺れに直面すると、つい「どちらかの自分を選ばなければ」と思いがちです。
「もっと現地に馴染まなくては」
「やっぱり日本人らしさを大切にしなくては」
けれど、海外で国際結婚をして複数の文化を生きているあなたは、どちらか一方に自分を押し込める必要はありません。
異文化心理学では、複数の文化的アイデンティティを自分のなかに持ち、それぞれを状況に応じて柔軟に使い分けられる状態を「バイカルチュラル・アイデンティティ」と呼ぶことがあります。
これは、どちらかの文化を捨てるのではなく、両方を自分の一部として抱えながら、自分なりのバランスを見つけていくプロセスです。
第三の自分を育てるという視点
「日本人としての自分」でもなく、「パートナーの国に住む自分」でもない、第三の自分。
それは、どちらの文化にも完全には収まらないけれど、どちらの経験も糧にして生まれた、あなただけのアイデンティティです。
この「第三の自分」は、すぐに形になるものではありません。時間をかけて、揺れながら、少しずつ育っていくものです。
そして、そのプロセスを一人で抱え込む必要はありません。
自分の気持ちを日本語で言葉にしてみること。「わかってもらえるかもしれない」と感じられる場所で話してみること。
海外で暮らしていると、日本語で本音を話せる機会そのものが限られています。だからこそ、安心して言葉にできる時間を意識的に持つことが、心の整理につながることがあります。
揺れながら歩いていい
国際結婚をして、パートナーの国で暮らして、初めて気づく"日本人としての自分"。
それは、失われたものでも、取り戻すべきものでもありません。異文化のなかであなたが積み重ねてきた経験のなかから、自然に浮かび上がってきた大切な輪郭です。
アイデンティティは、固定されたものではなく、人生の経験を通じてゆっくり変化していくものです。揺れること自体が、あなたの心が成長しようとしている証でもあります。
どちらの自分も否定しなくていい。揺れているままで、歩いていい。
今、あの頃の自分を振り返ると、日本人としてのアイデンティティのあり方に、私はずいぶん長い間苦しんでいたのだと思います。自分のなかの"日本"をどう扱えばいいのかわからなかった。この国で生きていくために、それを薄めなければいけないのだと、どこかで思い込んでいたのかもしれません。
けれど、その揺れや戸惑いをくぐり抜けてきた今、心から思えることがあります。
私は、本当に日本人でよかった。
苦しんだ時間は、無駄ではありませんでした。あの揺れがあったからこそ、自分のなかにある日本の文化や価値観を、以前よりもずっと深く、愛おしく感じられるようになりました。
もし今、あなたが同じように揺れのなかにいるとしたら、どうか焦らないでください。その揺れの先には、自分自身を今よりもっとやさしく受け入れられる日が待っています。
その揺れのなかで少し疲れたとき、ふと立ち止まれる場所があることを、覚えていていただけたらうれしいです。
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ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
もしかすると、「こんなことで相談していいのかな」と思われたかもしれません。あるいは、「うまく話せる自信がない」「まだ自分の気持ちが整理できていない」と感じている方もいらっしゃるかもしれません。
大丈夫です。
悩みをきれいにまとめてから来る必要はありません。深刻な問題を抱えていなくても構いません。
「なんとなくモヤモヤしている」「少し疲れている」。それだけで、十分に話す理由になります。
海外生活のなかで、一人で頑張り続けてきた方ほど、自分の気持ちを誰かに預ける経験が少なくなりがちです。
初回の30分は、何かを決めたり、深く掘り下げたりする場ではありません。「少しだけ、日本語で安心して話せる時間」として、プレッシャーなく過ごしていただける時間です。
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