国際結婚のリアル Part 1 | イギリス生活の始まりと、憧れの先にあった現実
- Locus of Life

- 2025年10月10日
- 読了時間: 8分
更新日:4月30日

国際結婚とイギリス生活の始まり
海外で愛する人と暮らすこと。
それは、多くの人にとって、どこか夢のような響きを持つ言葉かもしれません。
異文化の中で新しい生活を始めること。
大好きな人と、これまでとは違う国で人生を築いていくこと。
私自身も、国際結婚や海外生活に対して、強い憧れを抱いていた一人でした。
けれど実際にその夢を現実にしてみると、そこには想像していた華やかさだけでは語れない日々がありました。
文化の違い、制度の壁、言葉では説明しきれない孤独感。
そして、異国で暮らす中で少しずつ変わっていく自分自身。
この連載では、私が国際結婚を機にイギリスへ移住し、その後の結婚生活、子育て、離婚裁判を通して学んだことを、3回に分けてお伝えします。
今回はその第1回として、イギリス生活の始まりと、憧れの先にあった現実について綴っていきます。
もちろん、すべての国際結婚が同じ経験になるわけではありません。幸せな国際結婚生活を送っている方もたくさんいらっしゃいます。
ここでお話しするのは、あくまで一人の日本人女性として、私がイギリスで経験した個人的な体験です。
それでも、「こんなことも起こり得るのだ」と知っておくことが、これから国際結婚を考えている方や、今まさに海外生活の中で悩んでいる方にとって、少しでも心の支えになればと思っています。
海外生活への憧れと、私が描いていた夢
私は小さい頃から、外国に強い憧れを持っていました。
旅行で異国の文化や人々に触れるたびに、心が弾み、「いつかは外国で暮らしてみたい」という思いが少しずつ大きくなっていきました。
客室乗務員として見ていた世界
その憧れの延長線上にあったのが、客室乗務員という仕事でした。
世界中を飛び回るCAという職業は、当時の私にとってまさに理想の仕事でした。実際に働き始めると、ヨーロッパ、アジア、アメリカなど、さまざまな国を訪れることができました。
けれど、どれほど素敵な場所へ行っても、数日後には日本へ帰国します。
観光や短期滞在で見る海外は華やかですが、その国で実際に生活することとはまったく違います。
「いつか本当に海外に住んでみたい」
そんな思いが、私の中でさらに強くなっていきました。
「いつか海外で暮らしたい」という思い
結婚への憧れも、私の中には小さい頃からありました。
20代になる頃には、「国際結婚をして海外で暮らすのも素敵かもしれない」と、漠然と思うようになっていました。
今振り返ると、当時の私は国際結婚に対して、かなり理想化したイメージを持っていたように思います。
大好きな人と海外で暮らせば、きっとすべてがうまくいく。
文化の違いも、愛情があれば乗り越えられる。
そんなふうに、どこか楽観的に考えていました。
イギリス移住を決めた理由
正直に言うと、私は最初からイギリスに特別よいイメージを持っていたわけではありませんでした。
天気は曇りがちで、料理も当時はあまり美味しいとは感じられませんでした。20年以上前、ロンドンへフライトで来ていた頃も、「これは本当に美味しい」と思える食事に出会うことは多くありませんでした。
それでも、アフタヌーンティー、英国らしい街並み、美しい田園風景には惹かれるものがありました。英語も仕事で使っていたため、大きな不安はありませんでした。
大好きな人と海外で暮らすという期待
元夫と出会った当時、私は日本に住み、彼はイギリスに住んでいました。
出会って間もなく、彼から「イギリスに引っ越してきなよ」と言われ、自然と結婚の話へ進んでいきました。
彼が日本に来るという選択肢もありましたが、海外経験の多い私の方がイギリス生活に適応しやすいだろうという理由で、私が移住することになりました。
「憧れの海外で、大好きな人と一緒に暮らせる」
その思いだけで、胸がいっぱいでした。
見えていなかった小さなサイン
今思えば、そのときの私は、現実に潜んでいた小さなサインにあまり目を向けていませんでした。
相手の生活状況、価値観、経済観念、家族観。
国際結婚では、こうしたことが後々とても大切になります。
けれど当時の私は、期待と高揚感の方が大きく、深く考えないまま2002年4月にイギリスへ渡りました。
イギリス生活で直面した現実
幸いなことに、日本航空がロンドンベースの客室乗務員を募集しており、私はイギリスへ移住した後も仕事を続けることができました。
仕事があったことは、私にとって大きな支えでした。
けれど、日常生活は日本とは大きく異なり、驚きと戸惑いの連続でした。
交通、医療、生活手続きの壁
まず感じたのは、交通の不便さでした。
日本のように公共交通機関が正確で便利というわけではなく、通勤にも大きな負担がありました。結婚当初、ノーフォークからヒースロー空港まで移動する必要があり、帰宅に7時間かかったこともありました。
医療制度にも大きなカルチャーショックを受けました。
日本のように自由に病院を選ぶことは難しく、救急に行っても長時間待つことがあります。診察を受けても、期待していたような丁寧なアフターケアが受けられないこともありました。
銀行口座の開設や住居に関する手続きも、自分一人では難しく、夫の助けが必要でした。
それまで自立して働いてきた私にとって、「自分では何もできない」と感じることは、大きな無力感につながっていきました。
英語が話せても感じた孤独
私は英語を仕事で使っていたため、生活にも大きな問題はないと思っていました。
けれど実際には、一対一の会話はできても、大人数の会話についていくことは簡単ではありませんでした。
冗談、早口の会話、地域のアクセント、文化的な背景を含んだ話題。
分からないことが少しずつ積み重なり、私は次第に人との交流を避けるようになっていきました。
仕事で日本へ戻る機会があったこともあり、「イギリスで無理に友達を作らなくてもいい」と思うようになりました。
けれどその選択は、気づかないうちに孤立感を深めていきました。
それでも、客室乗務員としての仕事は、私の自己肯定感を支えてくれていました。
制服を着て空港に立つと、「自分にはまだ役割がある」と感じることができたのです。
理想の国際結婚と現実のギャップ
結婚生活の中では、経済的な不安もありました。
元夫は真面目に働く人でしたが、仕事を失うこともあり、収入は安定していませんでした。当時の日本では、まだ終身雇用の感覚が強く、「職を転々とする」ことに私は大きな不安を感じました。
結果として、私が家庭の主な稼ぎ手となる時期もありました。
さらに、結婚後に彼に借金があることを知り、私の日本での貯金から返済することにもなりました。
それでも当時の私は、離婚を考えることはありませんでした。
「彼を支えたい」
「日本には戻らず、ここで頑張りたい」
そう思っていました。
理想として描いていた国際結婚とは違っていましたが、彼には優しい一面もありました。私を気遣ってくれることもありました。
だからこそ私は、「私たちは文化も育った環境も違うのだから、何でも話し合おう」と伝え、できる限り対話を大切にしようとしていました。
憧れと現実のあいだで見えてきたこと
こうして、私の国際結婚とイギリス生活は始まりました。
憧れだけで飛び込んだ海外暮らしは、想像以上に厳しいものでした。
けれど、その厳しさの中で、私は少しずつ「自分」という存在に出会っていったようにも思います。
海外生活は、ただ楽しいだけではありません。
国際結婚も、愛情だけでは乗り越えられない課題があります。
けれど同時に、その中で自分の価値観に気づき、自分が本当に大切にしたいものを見つめ直す機会にもなります。
もし今、海外生活や国際結婚の中で、「こんなはずではなかった」と感じている方がいるなら、どうか自分を責めすぎないでください。
理想と現実のギャップに戸惑うことは、とても自然なことです。
あなたが弱いからではありません。
異国で生きるということは、それだけで多くの見えない負荷を抱えているのです。
次回(Part 2)では、待望の息子を授かってから始まった、外国での子育ての喜びと、そこから深まってしまった夫婦のすれ違いについてお話しします。
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国際結婚や海外生活の中で感じる戸惑いは、周りから見ると「小さなこと」に思われてしまうことがあります。
けれど、文化の違い、言葉の壁、手続きの難しさ、孤独感が少しずつ積み重なると、心は思っている以上に疲れてしまうものです。
「こんなことで相談していいのかな」
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