海外生活で「日本人の自分」に気づいた日|異文化の中で見つめ直したアイデンティティ
- Locus of Life

- 1月24日
- 読了時間: 6分
更新日:6月27日

国際結婚をしてイギリスで暮らし始めるまで、私は自分が「日本人であること」を
特別に意識したことはありませんでした。
日本で暮らしていた頃は、それがあまりにも当たり前だったからです。
けれど、海外で生活するようになってから、その当たり前が少しずつ揺らぎ始めました。
文化の違いに戸惑うたび、私は思うようになったのです。
「私は、思っていた以上に日本人だったんだ。」
日常の中で気づいた、小さな違和感
その気づきは、大きな出来事から始まったわけではありませんでした。
日々の暮らしの中の、本当に小さな違和感の積み重ねでした。
ある日、夫と道を歩いていたときのことです。
前から人が歩いて来たので、私はいつものように少し横へよけました。
すると夫は不思議そうに言いました。
「どうして、あっちによけたり、こっちによけたりするの?
そのまま真っすぐ歩けばいいんだよ。その方がお互いによけやすいから。」
私は少し驚きました。
相手が歩きやすいように道を譲ることは、ごく自然なことだと思っていたからです。
また、家族で食事をしていたある日のことです。
私は何気なく、
「小さい頃、お米はお百姓さんが一生懸命作ったものだから、
一粒残さず食べなさいって育てられたんだよね。」
と話しました。
すると夫は笑いながら言いました。
「ポテトもニンジンも、みんな一生懸命育てられているよね。
どうしてお米だけ特別なの?」
私は思わず笑ってしまいました。
「確かに。」
言い返す言葉は見つかりませんでした。
どちらが正しいという話ではありません。
ただ、日本では当たり前だったことが、ここでは当たり前ではない。
その違いを、一つひとつ知っていったのです。
「合わせること」が当たり前になっていた
海外で暮らし始めると、私はできるだけこの国に馴染もうとしていました。
文化を学び、価値観を理解し、相手の家族とも良い関係を築きたい。
そう思うことは、とても自然なことだったと思います。
けれど、その一方で、私は少しずつ「合わせること」が当たり前になっていました。
自分の考えよりも相手を優先する。
「こちらではそうなんだ」と受け入れる。
気づけば、自分が本当はどう感じているのかよりも、
「どう振る舞うべきか」を考える時間が増えていました。
もちろん、異文化の中で暮らすには柔軟さも必要です。
相手の文化を理解しようとする姿勢は、とても大切だと思います。
でも、長い年月の中で、自分でも気づかないうちに、
自分の感覚が少しずつ見えにくくなっていたのだと思います。
「私は日本人だった」と気づいた日
海外へ来て初めて、自分の考え方や感じ方の中に、
日本で育った文化が深く根づいていることに気づきました。
空気を読むこと。
相手への気遣いを大切にすること。
和を大切にしようとすること。
言葉にしなくても伝わることを期待してしまうこと。
それまでは、そんな自分を「日本人らしい」と考えたことはありませんでした。
でも、異文化の中に身を置いて初めて、
それらは私が日本で育ったからこそ自然に身についた感覚なのだと気づいたのです。
海外生活でアイデンティティが揺れるのは自然なこと
海外で暮らしていると、
「日本ではこうだった。」
「こちらではこう考える。」
その二つの間で揺れることがあります。
日本へ一時帰国すると、
「少し変わったね。」
と言われる。
イギリスでは、
「やっぱり日本人だね。」
と言われる。
どちらにも完全には属していないような、不思議な感覚。
海外で暮らす多くの人が、一度は経験することではないでしょうか。
心理学では、このような経験を通して、
自分の文化的アイデンティティを見つめ直すプロセスが起こることが知られています。
それは、自分を失ったということではありません。
新しい環境の中で、自分自身をもう一度理解しようとする、ごく自然な心の働きなのです。
「日本人らしさ」を消す方向ではなく、新しい形に
今振り返ると、私は日本人としての自分を失いかけていたわけではありませんでした。
むしろ、海外へ来たからこそ、
それまで気づかなかった自分の一部に出会っていたのだと思います。
ただ、その気づきは、最初から穏やかなものではありませんでした。
私は長い間、自分の中にある日本的な感覚を、
どこか弱さのように感じていた時期がありました。
相手に合わせてしまうこと。
はっきり言えないこと。
空気を読もうとして、自分の気持ちを後回しにしてしまうこと。
それらを「直さなければいけないもの」のように感じていたのです。
でも今は、少し違う見方をしています。
その感覚の中には、確かに生きづらさにつながる部分もありました。
けれど同時に、人との調和を大切にする心や、相手を思いやる繊細さも含まれていました。
問題は、日本人らしさそのものではなく、
それを自分を消す方向に使いすぎてしまったことだったのだと思います。
海外生活の中で必要だったのは、日本人としての自分を捨てることではありませんでした。
その感覚を否定せず、でもそれに飲み込まれすぎず、
自分の中で新しい形にしていくことだったのだと思います。
それは、自分の中にある「日本」を、
もう一度自分の言葉で理解し直す時間でもありました。
海外生活は、異文化を知る旅であると同時に、自分自身を知る旅でもあります。
私は今でも、その旅の途中にいます。
でも以前より一つだけ、はっきりと言えることがあります。
海外へ来たからこそ、私は自分の中にある「日本」を知ることができました。
そして、その気づきは、
これから私がどんな人でありたいのかを考える、大切な始まりになりました。
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海外で暮らしていると、
「以前の自分と少し変わった気がする」
「私は本当はどう感じているのだろう」と戸惑うことがあります。
異文化の中で揺れることは、決して弱さではありません。
それは、自分自身を見つめ直し、
新しい環境の中で自分らしい生き方を見つけていくための、大切なプロセスでもあります。
Locus of Lifeでは、海外生活の中で感じるアイデンティティの揺れや、人間関係、
異文化の中での生きづらさについて、安心してお話しいただける時間を大切にしています。
まだ気持ちが整理できていなくても大丈夫です。
あなたのペースで、少しずつ心の声を見つけていけたらと思っています。





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