海外生活の中で変わっていく自分を受け入れる|アイデンティティとの向き合い方
- Locus of Life

- 2024年11月16日
- 読了時間: 7分
更新日:6月1日

日本へ帰るたびに、ふと思うことがあります。
「あれ、私こんな人だったっけ?」
そんな感覚です。
前回日本に帰った時も、電車の中で少し慌てました。
イギリスでは、電車の中で電話をしている人は珍しくありません。
もちろん大きな声で話していれば気になることはありますが、電話そのものに対して、
日本ほど強い空気の緊張感はありません。
けれど日本では違います。
電車の中で電話で話すことは、やはり控えるものです。
その感覚は、私も日本で育ったのでよく知っているはずでした。
それなのに、うっかり携帯電話をマナーモードにするのを忘れていていました。
車内で突然着信音が鳴った瞬間、反射的に焦りました。
慌てて携帯を探しながら、
「しまった」
と思いました。
周りの人に何か言われたわけではありません。
誰かがこちらを強く見たわけでもありません。
でも、自分の中にある日本の感覚が一気に戻ってきて、勝手に恥ずかしくなったのです。
そしてその時、少し寂しいような、不思議な気持ちになりました。
私は日本人なのに、日本で当たり前だった感覚が、
いつの間にか少し身体から抜け落ちていたのだな、と。
それは決して大きな出来事ではありません。
でも、そんな小さな違和感の中に、
自分でも気づかなかった変化が隠れていることがあります。
日本に帰ると、自分の変化に気づくことがある
海外で暮らしている間、自分がどれくらい変わったのかは、意外と気づきにくいものです。
毎日の生活の中では、その国のやり方に少しずつ慣れていきます。
最初は驚いていたことにも慣れる。
戸惑っていた言い回しにも慣れる。
人との距離感、時間の感覚、謝り方、頼み方、断り方。
そうした小さなことが、少しずつ自分の中に入ってきます。
それは一日で起こる変化ではありません。
気づかないうちに、少しずつ自分の反応が変わっていくのです。
私自身、海外生活でのアイデンティティの変化を意識したのは、日本へ帰国した時でした。
以前なら何も考えずにできていたことが、少しぎこちなくなる。
日本語で話しているのに、言葉の選び方に迷う。
周りの空気を読みすぎて疲れることもあれば、逆に空気を読み忘れて慌てることもある。
そのたびに、
「私は日本を忘れてしまったのだろうか」
という気持ちになります。
でも、たぶんそれは忘れたのではありません
。
自分の中に、もう一つの生活の感覚が重なったのです。
海外生活 でアイデンティティは少しずつ変化していく
海外生活の中で身についた感覚は、決して悪いものではありません。
現地で生きていくために必要だったものです。
言葉が違う場所で暮らす。
文化が違う人たちと関わる。
日本にいた頃とは違う距離感の中で、人間関係を築く。
その中で、私たちは自然と適応していきます。
適応するということは、ただ周りに合わせることではありません。
その場所で生きるために、自分の内側を少しずつ調整していくことでもあります。
だから、日本へ帰った時に違和感を覚えるのは、
自分が日本人ではなくなったからではありません。
イギリス人になったからでもありません。
ただ、日本だけで生きていた頃の自分とは、少し違う自分になっているのです。
私はその変化に気づいた時、少し寂しさくなりました。
昔の自分から遠くなったような気がしたからです。
でもその一方で、それは自分が新しい環境の中で生きてきた証でもあります。
慣れない場所で頑張ってきたこと。
何度も戸惑いながら、その国の中で生活を作ってきたこと。
その積み重ねが、今の自分の中にあるのです。
どこにも完全には属せない感覚
日本へ帰るたびに感じる違和感は、マナーや言葉遣いだけの問題ではありません。
私が本当に戸惑っていたのは、
「日本の感覚を少し忘れてしまった自分」
そのものだったのだと思います。
日本にいると、
「もう少し日本らしく振る舞えた方がいいのかな」
と思うことがあります。
でもイギリスに戻れば、
「私はやっぱりイギリス人ではないな」
と感じることもあります。
どちらの国にも大切な人がいて、どちらの国にも居場所があります。
それなのに、ときどき自分がどこに属しているのかわからなくなるのです。
日本でもない。
イギリスでもない。
その間に立っているような感覚です。
以前の私は、この感覚をどこか居心地の悪いものだと思っていました。
日本人なら日本人らしく。
海外で暮らしているなら、もっと現地に馴染まなければ。
そんなふうに考えていたからです。
でも今は少し違います。
気づけば、私は人生の半分近くをイギリスで過ごしてきました。
何も変わらない方が不自然なのかもしれません。
日本で暮らしていた頃の私と、今の私が同じであるはずがないのです。
変わったのではなく、広がった
海外生活の中で出会った人たち。
日本では当たり前だと思っていたことが通じなかった経験。
文化の違いに戸惑ったこと。
失敗したこと。
そして、そのたびに新しい考え方を知ったこと。
そうした一つひとつが積み重なって、今の私が作られてきました。
だから私は、日本を忘れたのではありません。
日本しか知らなかった頃の私に、新しい経験が加わったのです。
日本人であることに変わりはありません。
でも、日本だけの価値観で生きていた頃とは少し違う。
その違いを、以前は喪失のように感じていました。
昔の自分が遠くなってしまったような気がしたからです。
でも今は、それを喪失ではなく"広がり"として見ることができるようになりました。
一つの価値観だけが正しいわけではないことを知った。
人によって当たり前が違うことを知った。
生き方にはたくさんの選択肢があることを知った。
それは、二つの文化の間で生きてきたからこそ得られたものだと思っています。
変化した自分も、自分らしさの一部
自分らしさというと、変わらない本当の自分を探すようなイメージがあります。
でも私は、自分らしさとは変わらないものだけではないと思っています。
生きてきた場所
出会った人
失ったもの
乗り越えてきた時間
そうした経験によって、人は少しずつ変わっていきます。
そして、その変化もまた自分の一部になっていきます。
海外生活の中で変わっていく自分に気づくと、寂しさを感じるかもしれません。
でもその変化の中には、異国の地で生活を築いてきた時間も刻まれています。
迷ったこと。
戸惑ったこと。
何度もやり直してきたこと。
そのすべてが今の自分につながっています。
日本だけの自分ではない。
イギリスだけの自分でもない。
二つの文化の間で迷いながら、戸惑いながら、それでもここまで歩いてきた自分。
そんな自分もまた、私なのだと思っています。
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海外生活の中で感じる違和感や戸惑いは、
周りから見ると些細なことに思えるかもしれません。
電車の中で慌てたこと。
日本語の言い回しに迷ったこと。
昔の友人との会話で、少しだけ距離を感じたこと。
そうした小さな出来事の奥に、
自分でもうまく説明できない寂しさや不安が隠れていることがあります。
「こんなことで相談していいのかな」
「まだ自分の気持ちが整理できていない」
「うまく話せる自信がない」
そう感じていても大丈夫です。
カウンセリングは、きれいに説明できる悩みだけを話す場所ではありません。
言葉になる前の違和感を、少しずつ一緒に見つめていく時間でもあります。
もし少しだけ誰かに話してみようかなと思えた時は、
プレッシャーのない時間としてご利用ください。
Locus of Lifeでは、海外生活の中で感じる孤独感、人との距離感、自分らしさ、
心の揺れについて、安心してお話しいただける時間を大切にしています。
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