外国語で感情を表す難しさ|海外生活で「本当の気持ち」が伝わらないと感じるとき
- Locus of Life

- 3月20日
- 読了時間: 6分
更新日:5月23日

海外で暮らしていると、日常生活の中で外国語を使うことに少しずつ慣れていきます。
買い物をする。
学校や職場でやり取りをする。
病院の予約を取る。
近所の人と少し会話をする。
そうしたことができるようになると、
少しずつ「ここで暮らしていけそう」と感じられるようになります。
けれど、日常会話ができることと、外国語で感情を表すことは、
少し違うのかもしれません。
特に、つらさ、寂しさ、不安、虚しさ、心細さのような繊細な感情を話すとき、
「言いたいことは伝えているはずなのに、何か違う」
そんな感覚になることがあります。
これは、語学力が足りないからだけではないのかもしれません。
今日は、「外国語で感情を話すこと」について、少しお話ししたいと思います。
外国語で感情を表すことは、日常会話とは少し違う
海外生活では、「言葉ができるかどうか」がよく話題になります。
英語が話せるか。
仕事や学校で困らないか。
生活ができるか。
もちろん、それはとても大切なことです。
でも、外国語で感情を話す場面では、別の種類の言葉が必要になることがあります。
「私は何を感じているんだろう」
「何がこんなに苦しいんだろう」
「私は本当は何をわかってほしいんだろう」
そうした内側の感覚を言葉にしていく作業です。
そして、この部分は日常会話とは少し違う難しさがあります。
生活のための英語は話せる。
でも、自分の感情になると急に言葉が見つからない。
そんな感覚に心当たりがある方もいるかもしれません。
「話せているのに、伝わっていない」と感じる理由
外国語で感情を話していると、表面的には会話が成立しているのに、
どこか違和感が残ることがあります。
「そういう意味じゃないんだけど」
「もっと複雑なんだけど」
「何か少し違う」
そんな感覚です。
感情の言葉には、細かなニュアンスがある
例えば、日本語で「疲れた」と言うとき。
私たちは無意識に言葉を使い分けています。
「疲れた」
「うんざりした」
「気持ちがすり減った」
「もう限界に近い」
「気力が残っていない」
どれも似ているようで、少しずつ違います。
体が疲れているのか。
人間関係に疲れているのか。
頑張り続けてすり減っているのか。
もう力が残っていないのか。
言葉が変わるだけで、自分の感情の輪郭も変わります。
英語の "I'm tired" や "I'm fed up" にも、それぞれ違ったニュアンスがあります。
でも、私たちの心の中にある
「なんだか切ない」
「気が張って疲れた」
「心がヒリヒリする」
といった感覚は、自分の中でははっきりあるのに、
外国語で話そうとすると、ぴったりくる言葉が見つからないことがあります。
そうすると、言葉は伝えているのに、
自分の気持ちだけが少し置いていかれるように感じます。
そんな感覚です。
言葉を探すうちに、気持ちから少し離れてしまう
外国語で話していると、私たちは無意識に頭の中で翻訳しています。
「これは何と言えばいいんだろう」
「この言い方で合っているかな」
「ちゃんと伝わるかな」
そう考えているうちに、本来感じていた感情から少し距離ができてしまいます。
本当はただ寂しかった。
本当はただ悲しかった。
本当は誰かにわかってほしかった。
でも途中から、感情そのものより、「正しく伝えること」の方に意識が向いてしまう。
話しているのに、自分の気持ちから少し離れてしまったような感覚になります。
私自身が英語でカウンセリングを受けたときに感じたこと
少し意外に思われるかもしれませんが、
私自身も以前カウンセリングを受けたことがあります。
カウンセラーも、一人の人間です。
人生の中で迷ったり、自分の気持ちを整理したくなったりすることがあります。
そのとき、英語でカウンセリングを受けていて、時々こんな感覚がありました。
「何か違う」
「言いたいことはこれじゃない」
「ちゃんと話せていない気がする」
英語ができないわけではありません。
イギリスで長く暮らし、日常生活も英語で行っています。
それでも、自分の深い感情になると難しさがありました。
言葉としては説明できている。
でも、自分の中にある感情の温度や重さ、細かな揺れまでは、
うまく置き換えられていないような感覚でした。
その経験を通して、私は改めて思いました。
人は、ただ「話せる言語」で話したいのではなく、
「自分の気持ちがちゃんと存在できる言語」で話したいのかもしれないと。
母国語で話すことは、心の安全基地になる
心理学には「安全基地」という言葉があります。
安心して戻れる場所。
自分のままでいても大丈夫だと思える場所。
それは物理的な場所だけではありません。
人との関係かもしれません。
安心できる時間かもしれません。
そして、母国語で話せることそのものが、安全基地になることもあります。
海外で暮らしていると、毎日たくさんの小さな頑張りをしています。
言葉を選ぶ。
空気を読む。
文化の違いを考える。
誤解されないように気をつける。
そんな毎日の中で、
「疲れた」
「寂しかった」
「わかってほしかった」
と、そのまま言えることは、思っている以上に心を緩めてくれることがあります。
✨今すぐできる、小さなこと
もし今、海外生活の中で心が疲れているなら、
まずは日本語で気持ちを書き出してみることも一つの方法です。
誰かに見せる必要はありません。
「疲れた」
だけでも十分です。
そこから少しずつ、
「何に疲れたのか」
「何をわかってほしかったのか」
そんなふうに言葉を足していきます。
大切なのは、正しく話すことではなく、
自分の気持ちを無理にまとめなくてもいい時間を持つことです。
まとめ
海外生活の中で、
「ちゃんと話せていない気がする」
「うまく伝わっていない気がする」
そう感じることがあると、
つい、「もっと語学力が必要なのかな」と思ってしまいます。
でも、必ずしもそうとは限りません。
感情を表すことは、単に言葉を知っているかどうかだけではなく、
その言葉の中にある安心感や、これまで生きてきた経験とも深く結びついているからです。
だからもし今、自分の気持ちが少しわかりにくくなっていたとしても、
焦らなくて大丈夫です。
「私は今、何を感じているんだろう」
そんな小さな問いかけからでも十分です。
母国語には、自分の気持ちをそのまま言葉にできる安心感があります。
だからこそ、心が疲れたときに母国語で話せる場所があることは、とても大切です。
海外で頑張って暮らしているからこそ、時には「ちゃんとした言葉」ではなく、
「自分の言葉」で話せる時間が必要なのかもしれません。
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海外生活の中では、そんなことが思っている以上にあります。
だから、最初から上手に話せなくても大丈夫です。
「少しだけ、日本語で自分の気持ちを話してみたい」
そんな気持ちが浮かんだときに、安心して立ち寄っていただけたら嬉しく思います。
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